天国と地獄〜ほんのちょとした違い〜



ある男が神様に会った

日頃から気になっていたことを男は尋ねた


「神様、本当に天国はあるのですか?

 地獄なんて存在するのですか?」




神様は微笑んだ 

「こちらについて来るがよい。地獄を見せよう」




最初に入った部屋が「地獄」だった

人間たちが料理の入った大きな鍋を囲んで座っていた

それはそれはおいしそうな料理だった

でも、全員がひどくおなかをすかせていた

なにやら生きる希望もすっかり失っているように見える



みな、スプーンを鍋に入れては料理を口に運ぼうとするのだが  

スプーンの柄が長すぎて、料理は口に届かない

空腹で、目の前にはおいしそうな料理  しかし空腹を満たすことはできない

その苦しみたるや  まさに筆舌に尽くしたがたいもの

ひとびとの苦しみようはひどいものだった

男は暗然たる気持ちで部屋を出た



「さて、今度は天国をみるがよい」

次の部屋が「天国」だった  だが、部屋の様子は「地獄」となにも変わらない

人間たちが料理の入った大きな鍋を囲んで座っていた  柄の長いスプーンもあった

違うのは

そこにいる人間たちが満ち足りていること

お腹も充分に満たされ  人々の顔は幸せに輝き・・・



男は神様に()いた

おなじ鍋 同じスプーン  なのに  なぜ

ここにいる人たちはこんなに幸せで   さっきの人たちはあんなに惨めなのでしょう?

与えられた環境や 条件はまったくおなじだというのに・・・



神様は微笑んだ 「とても簡単なことだ」

ここにいる者たちは  互いに食べさせあうことを  学んだのだ

それだけの違いなのだ


天国と地獄アン・ランダース(『こころのチキンスープ2』P144〜P145所載)を詩にしてみました。「情けは人のためならず」(=人に情けをかけるのは人のためではない。つまり、自分のためだ。人に親切にするなどすると、めぐりめぐって自分のためになる、ということ)を思い出しました。村上和夫博士のおっしゃる「最後に生き残るのは“譲る心を持った人”」というのも、こういうことなんだな〜、と思いました。まず人に食べさせてあげる。すると人がたべさせてくれる。う〜ん。自分が空腹のときに、まず人に食べさせてあげられるだろうか? 自分だったら、まず自分が食べることを考えてしまうよね〜。「愛」が心にないわけじゃないけど、やはり「まず自分」って思ってしまう凡人。利他(他人(ひと)を利すること)よりも自利(自分の利益を図ること)に行ってしまうと思うな〜。 


POEMS 中村叶の詩
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